November72009
「35過ぎて独身でいること」の限界とはなにか - 背後からハミング
(via shinyai)
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November72009
(via shinyai)
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6PM
(via shinyai)
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5PM
5PM
平沢氏は、「押尾学なんか名前も知らなかった」と述べる。「平沢氏が捜査当局に働きかけて揉み消しを図った」、「事件で話題になった六本木のクラブに平沢氏の子供が出入りしている」といった噂が、ネット上に出回っていると聞いたという。しかも、それが選挙期間中の出来事であり、街頭にて有権者からも言われ、選挙に影響を与えたと強調する。
それゆえ、これは名誉棄損であると同時に、公職選挙法違反に当たるというのが、平沢氏の主張だ。今後、この件を東京地検に持っていくための準備として、まずは一連の噂を流した人々の名前を特定中であるという。プロバイダーに情報の開示を求め、特定できた人々に対しては既に連絡を取り、弁明を求めているそうだ。
噂を流した一人からは、許してほしいとの連絡があったが、被害があまりにも大きいため許容しがたいという。申し出た人物に対しては弁護士が会って事情を聴き、今後の対応を検討しているとのこと。
#探偵ファイル~ニュースウォッチ~/訴訟に発展?「押尾学との接点」に平沢勝栄議員が反論/探偵T (via saitamanodoruji)
この話なかなか興味深い話で
件の相関図がtumblrで流れていたとしたらどうなのか(恐らく流れていたと推測するが)
originalをpostしたアカウントは reblogしたアカウントは
それとも別にtumblistは図を作ったわけでもないしただ単に自分のtumblrに貼っただけだから全然関係ないのか
(via yaruo) (via oosawatechnica) たしかワシpostしたよ。なんもキャプションなしで縮小されちゃってたからクリックした人少ないと思うが。 (via kml)
4PM
4PM
「その人たちはみんなどうやって時間を見つけているんでしょう?」と言った。それが彼女の疑問だったのだ。それで言ってやった。「テレビで働く人は誰もその質問をしませんね。その時間がどこから来るのかはご存じでしょう。それはあなた方が50年間覆い隠してきた思考の余剰からくるのです」
では、この余剰はどれほどの大きさのものなのだろう? Wikipediaを単位として考えてみよう。Wikipediaプロジェクトの全体、そのすべてのページ、すべて編集、すべての議論のページ、すべてのコード、すべての言語バージョンを合わせると、それは1億時間に上る人間の思考の集積になる。私はIBMのマーチン・ワッテンバーグといっしょにこの数字を出した。おおざっぱな計算だが、オーダーは合っていると思う。1億時間の思考だ。
ではテレビの視聴はどうだろう? こちらはアメリカだけで毎年2000億時間になる。いまやちょうどいい単位があるので、これを言い換えてみると、テレビを見ることに毎年2000 Wikipediaプロジェクトが費やされているのだ。もうちょっと違った言い方をすると、アメリカで毎週末にコマーシャルを見るのに費やされる時間は1億時間になる。これはすごく大きな余剰だ。Wikipediaのようなものを見て「どうやってそんな時間を見つけているの?」と聞く人は、この資産を少しばかり切り出して、ティム・オライリーが参加のアーキテクチャと呼ぶところのものへと引き込んだWikipediaプロジェクトの全体が、どれほど小さなものなのか理解していないのだ。
ジン、テレビ、社会的余剰 (via yaruo) (via tessar) (via joker1007) (via aokie) (via jinon) (via skikuchi) (via jinon)
4PM
小松左京『神への長い道』
(via tokada)
(via ahoahoman) (via nemoi) (via jacony)
4PM
4PM
Reblogged from: jacony's memo / Post was created by: grokkedSTEVE JOBS AT HOME IN 1982 — “This was a very typical time. I was single. All you needed was a cup of tea, a light, and your stereo, you know, and that’s what I had.” —Steve Jobs (via Diana Walker: The Bigger Picture Gallery (December 2007) - The Digital Journalist)
4PM
補償金問題に限らず、私が日本における著作権の議論に関して何となく腰が座らない思いがする理由は、突き詰めれば将来のアーティストのビジネスモデルが見えない、あるいはコンセンサスが取れていないというところにある。ビジネスモデルというと大層な話のように聞こえるが、ようするに、将来の平均的アーティストとはどのようなものなのか、どういう風に生活しているのか、どうやって稼いでいるのか、というイメージがはっきりしないということだ。
私自身は、将来のアーティスト像とは、ケリー氏が説くような、あるいはエベル氏が体現するような、数百人から1000人程度のファンを抱えた独立フリーランスの(別に組織に属していても良いのだが)「マイクロセレブ」のようなものと想定している。よって、そうした人々が生きやすいような社会や制度に変えていく(あるいは彼らを支援するための教育や技術的なインフラを整える)というのが肝要だと思うし、そのための支援は惜しんではならないと思う。
(中略)
制度は手段であって目的ではない。だから、制度について細かいところを詰める前に、その制度によって何を実現したいのかを入念に考える必要があると私は思うのだ。そのためにも、私は権利者や代理人ではなく、アーティストたち本人が、自分が今後どのような存在として生きていきたいのか、もっと語って欲しいと考えている。
アーティストのビジネスモデル - SourceForge.JP Magazine (via yuria)